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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)494号 判決

主文

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し金二七八万五六七円及びこれに対する昭和四七年六月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  この判決は金九〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  主文第一ないし第三項と同旨

2  仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は電気器具等の販売業者であるが、昭和四五年末頃取引先・訴外砂田送風機株式会社(以下、訴外会社という)の代表取締役である訴外砂田稔(以下、稔という)に対し、訴外会社の取引上の債務について個人保証を求めた。

2  被控訴人は昭和四五年末頃から昭和四六年二月二五日頃までの間に、その娘・砂田美智子(稔の妻、以下、美智子という)又は同人を通じて稔に対し、被控訴人の機関として、控訴人との間に保証契約を締結する権限を与えてその実印を交付したところ、美智子又は稔はその頃被控訴人の機関として、根保証約定書(甲第七号証、以下、本件約定書という)に記名のうえ、被控訴人の実印をもつて押印し、訴外会社が控訴人に対して昭和四六年二月二二日現在負担しならびに将来負担することあるべき売買代金債務、手形債務その他商取引上の一切の債務について、被控訴人が連帯保証することを約した。

3  仮に被控訴人が自らの意思に基づいて本件約定書に記名押印したことがなかつたとしても、

(一) 被控訴人は昭和四五年末頃から昭和四六年二月二五日頃までの間に、美智子又は同人を通じて稔に対し、被控訴人の機関として、訴外会社が他から社員寮を賃借するについての保証をする権限を与えてその実印を交付した。

(二) 控訴人は昭和四五年末頃稔に対し、連帯保証人として同人の父親を立てることを求め、父親に記名押印して貰つたうえ差入れることを指示して、日付及び連帯保証人欄空白の本件約定書を交付し、その際、連帯保証人がその意思に基づいて記名押印したことを確認するために、印鑑証明書を添付するよう依頼したところ、その後間もなく、稔から「父親とは不仲で連帯保証人になつてくれないので、代りに妻・美智子の父親である被控訴人に連帯保証人になつて貰うがそれでよいか。」との問合せがあつたので、これを了解した。

(三) ところが、美智子又は稔は、被控訴人から実印の交付を受けた後昭和四六年二月二五日頃までの間に、前記権限を踰越し被控訴人の機関として、本件約定書に記名押印をして保証契約を締結した。

(四) しかしながら、控訴人は昭和四六年二月二五日頃稔が被控訴人の記名及び実印による押印のある本件約定書に被控訴人の印鑑証明書を添付して差入れたので、被控訴人が自らの意思に基づき記名押印して保証契約を締結したものと信じたものであり、印鑑証明書は、取引社会において、証明された実印による行為については本人の意思によるものと評価され、行為者の意思確認の機能を果すものであるから、控訴人が右のように信じたことに正当の理由がある。

(五) したがつて、被控訴人は、民法第一一〇条の拡張適用により、本件約定書記載の保証契約に基づく責任がある。

4  訴外会社は別紙手形目録記載の約束手形六通を振出し、控訴人は右手形六通の所持人である。

5  そこで、控訴人は被控訴人に対し保証契約に基づき前記各手形金合計金二七八万五六七円及びこれに対する各満期後の昭和四七年六月七日から右支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否及び主張

1  請求原因1は知らない。

同2は否認する。

同3(一)のうち、被控訴人が昭和四五年一二月頃稔に対し訴外会社が他から社員寮を賃借するについての保証をする権限を与えてその実印を交付したことは認め、その余は争う、(二)ないし(五)は争う。

同4は知らない。

2  次の理由により、控訴人が稔に保証契約締結の代理権限があると信ずるについて正当の理由があるということはできない。

(一) 根保証と前記賃貸借の保証とでは内容的に大きな差異がある。

(二) 控訴人は当初稔の父親に連帯保証人となることを申入れたところ、右父親から拒絶され、したがつて、保証契約の締結が困難であることを知りながら、被控訴人に対しては電話又は面接による依頼・調査・確認の方法は何一つ講じていない。

(三) 本件約定書には、その保証金額も明記されておらず、保証期間の定めもない。

(四) 本件約定書の被控訴人の署名は被控訴人がしたものではなく、添付の印鑑証明書も稔が勝手に松原市役所から同時に取得した四通のうちの一通である。

第三  証拠(省略)

理由

一  成立に争いのない甲第九号証、当審証人八幡利弘の証言により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証並びに原審及び当審証人八幡利弘の証言によると、控訴人は電気器具等の販売業者であるが、訴外会社に対し昭和四五年四月以降送風機取付用のモーターを、毎月二〇日締切り翌月一五日期日一二〇日の手形支払の条件で販売していたところ、同年八月頃廻り手形裏書支払の約束で受注した金四〇〇万円の商品代金につき、訴外会社が右約束に違反して廻り手形を他で割引いてしまい、訴外会社自己振出の手形を受取らざるを得なくなつたことから、取引の継続に不安を感じたので、同年末頃訴外会社の代表取締役である稔に対し訴外会社の取引上の債務について個人保証を求めたことが認められる。

二  先ず、控訴人の主位的主張について判断するに、控訴人主張のように被控訴人が美智子又は稔に対し被控訴人の機関として控訴人との間に保証契約を締結する権限を与えてその実印を交付したことは、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

三  次に、控訴人の予備的主張について判断する。

被控訴人が昭和四五年一二月頃稔に対し訴外会社が他から社員寮を賃借するについての保証をする権限を与えてその実印を交付したことは当事者間に争いがなく、右事実に、甲第七号証、乙第三号証の一、二、成立に争いのない甲第八号証、原審証人八幡利弘、同西田覚次の各証言、原審における被控訴本人の供述並びに弁論の全趣旨を総合すると、

1  被控訴人は昭和四五年一二月頃稔より訴外会社が他から社員寮(所在地・東大阪市弥刀)を賃借するについての保証を依頼され承諾したところ、美智子(被控訴人の妹・橋本スミの娘)が稔の使者として被控訴人方を訪れ、右賃借契約についての保証契約の締結及び印鑑証明書の交付申請を理由に被控訴人の実印の貸与方を依頼したので、右実印を稔に貸与したところ、稔は同月二一日右実印を使用して被控訴人の委任状を作成したうえ、被控訴人の代理人として松原市役所に対し被控訴人の印鑑証明書四通の交付申請をし、右証明書四通の交付を受けたこと、

なお、被控訴人はその後二、三回稔が部屋(社員寮)を一つ増やすことを理由に実印を借りに来た際にも、これを承諾して稔に実印を貸与したこと、

2  控訴人は昭和四五年末頃稔に対し訴外会社の取引上の債務について稔の父親個人の保証を求め、「訴外会社が控訴人に対し本日現在負担しならびに将来負担することあるべき売買代金債務、手形債務その他商取引上の一切の債務について連帯して支払の責任を負う」旨記載された、日付・連帯保証人・債務者欄空白の本件約定書(甲第七号証)を交付して、連帯保証人の押印は実印をもつて行い、保証意思確認のため連帯保証人の印鑑証明書を添付するよう求めたところ、その後間もなく、稔から「自分の父親は喧嘩していて保証人になつてくれないが、自分の妻の父親が保証人になることになつた。」旨の連絡があつたので、これを了承したこと、

3  稔はその後昭和四六年二月二五日頃までの間に、本件約定書の連帯保証人欄(一人目のところ)に、被控訴人の住所氏名を美智子に記載させ、被控訴人の名下に被控訴人から貸与された同人の実印をもつて押印したほか、他の連帯保証人(二人目)・債務者欄に住所氏名を記載、押印したこと、

4  そして、稔は昭和四六年二月二五日頃本件約定書に被控訴人の印鑑証明書一通(甲第八号証、前記四通のうちの一通)を添付のうえ、控訴人(大阪営業所)に持参して差入れたので、控訴人は、被控訴人が自らの意思に基づき本件約定書に記名押印をして保証契約を締結したものと信じ、昭和四七年二月訴外会社が倒産するまで同社と取引を継続したこと、

なお、右根保証約定書の日付(四十六、二、二十二)は、控訴人が受領後、補充記載したこと、

が認められ、以上の事実によると、被控訴人は稔に対し訴外会社が他から社員寮を賃借するについての保証をする権限を与えてその実印を交付したところ、稔は右権限を踰越して本件約定書の連帯保証人欄に被控訴人の記名をし、その名下に被控訴人の実印をもつて押印し、同約定書に被控訴人の印鑑証明書を添付のうえ控訴人に差入れたところ、控訴人は被控訴人が自らの意思に基づき本件約定書に記名押印して保証契約を締結したものと信じたものであるが、右のように、代理人が相手方不知の間に本人の名をもつて権限外の行為をした場合において、相手方がその行為を本人自身の行為と信じたときは、代理人の代理権を信じたものではないが、その信頼が取引上保護に値する点においては、代理人の代理権限を信頼した場合と異なるところはないから、本人自身の行為であると信じたことについて正当な理由がある場合に限り、民法第一一〇条の規定を類推適用して本人がその責に任ずるものと解するのが相当である。

そこで、控訴人が前述のように信じたことについて正当の理由があるかどうかの点について判断するに、個人の印鑑証明書は、通常、市町村の条例により、本人又は代理人に限り交付されるものであり、日常の取引において、証明された実印による行為は本人の意思に基づくものと評価され、行為者の意思確認の機能を果していることは、経験則上明らかであるから、控訴人が本件約定書に添付された被控訴人の印鑑証明書により同約定書の被控訴人名下の印影が被控訴人の実印によるものであることを確認して、被控訴人が自らの意思に基づき本件約定書に記名押印して同約定書記載の保証契約を締結したものと信じたことについては正当の理由があるといわなければならない。

なお、本件約定書には保証金額の明記のないことが明らかであるけれども、前認定の事実関係のものとではそのことだけで右結論を左右するものでなく、また、控訴人は電気器具等の販売業者であつて金融業者ではないから、金融機関と同様の本人の保証意思を確認すべき義務があると解することはできない。

四  そして、原審証人八幡利弘の証言並びにこれにより真正に成立したものと認められる甲第一ないし第六号証によると、訴外会社は別紙手形目録記載の約束手形六通を振出し、控訴人は右手形六通の所持人であることが認められる。

五  そうすると、被控訴人は控訴人に対し本件約定書記載の保証契約に基づき、前記各手形金合計金二七八万五六七円及びこれに対する各満期後の昭和四七年六月七日から右支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、控訴人の請求は理由がある。

六  以上の次第で、控訴人の請求は正当であつて認容すべきところ、これと趣旨を異にする原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により原判決を取消して控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

別紙

目録

(一) 金額   金二三五、五六七円

満期   昭和四七年二月六日

支払地  東大阪市

支払場所 株式会社住友銀行東大阪支店

振出地  東大阪市

振出日  昭和四六年九月二一日

振出人  訴外砂田送風機株式会社

受取人  原告

(二) 金額   金五二〇、二五〇円

満期   昭和四七年三月六日

支払場所 株式会社大阪銀行弥刀支店

振出日  昭和四六年一〇月一五日

その他の手形記載要件は(一)の手形と同じ

(三) 金額   金五〇〇、〇〇〇円

満期   昭和四七年四月六日

振出日  昭和四六年一〇月一五日

その他の手形記載要件は(一)の手形と同じ

(四) 金額   金五二四、七五〇円

満期   昭和四七年四月六日

振出日  昭和四六年一〇月一五日

その他の手形記載要件は(一)の手形と同じ

(五) 金額   金五〇〇、〇〇〇円

満期   昭和四七年五月六日

振出日  昭和四六年一一月四日

その他の手形記載要件は(一)の手形と同じ

(六) 金額   金五〇〇、〇〇〇円

満期   昭和四七年六月六日

振出日  昭和四六年一二月六日

その他の手形記載要件は(一)の手形と同じ

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